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コラム_「農産物直売所の課題に対する私見」

株式会社アントレプレナーシップ研究所 代表取締役 原 憲一郎

 

最近では,「農産物直売所」や「ファーマーズ・マーケット」(両語はほぼ同義に解されています)が消費者の注目を集めており,その市場規模は年々増加傾向にあります。その背景には,食品の産地偽造等に端を発し,消費者の食に対する「安全」「安心」に対する意識の高まりが一因にあると思います。

 

さらには行政による農業振興(農家所得の向上等)の後押しもあり,1990年頃から全国で農産物直売所(ファーマーズ・マーケット)が次々と開設され,今では既存の食品流通システムの一翼を担う存在にまでに成長しています。

 

しかし,農産物直売所とはいっても,その概念には必ずしも統一した定義は存在していません。たとえば,農林水産省「6次産業化総合調査報告」の用語の解説の中では,「農産物直売所」は次のように定義されています。

 

「農産物直売所とは,農業経営体又は農協等が自ら生産した農産物(構成員が生産した農産物や農産物加工品を含む。)を定期的に不特定の消費者に直接対面販売をするために開設した施設や場所及び農協等が農業経営体から委託を受けた農産物又は農産加工品を販売するため開設した場所又は施設をいう。なお,果実等の季節性が高い農産物を販売するため,期間を限定して開設されたものを含み,無人販売所,移動販売及びインターネットのみによる販売は除く。」とされています。さらに,地方自治体においては,「地場産農産物の販売金額または販売量が50%以上」という基準を用いて,農産物直売所と定義しているとこともあり,その概念は様々です。

 

尚,農林水産省の定義では「農協等が農業経営体から委託を受けた農産物又は農産加工品を販売するため開設した場所又は施設」とされ,「農協等が農業経営体から委託を受けた」と明記されているように,「農協等」が設置主体として捉えられているよいに思います。しかし,農産物直売所の運営主体は,必ずしも農協等のような公的機関に限られたものではなく,民間企業等も多く参入していることは各種の調査結果から明らかです。

 

したがって,今回のコラムでは,農産物直売所の運営主体を農協等や民間企業等を問わず,農業経営体(生産者を含む)から委託を受けた農産物又は農産加工品を販売するため開設した場所又は施設として捉え,今後の農産物直売所の課題について,新潟県の事例を踏まえながら,私見を述べたいと思います。

 

そもそも,現在のような農産物直売所が誕生した経緯には様々な諸説が存在します。伝統的な「市」から派生したもの,規格外の農産物を生産者が自ら販売することから派生したもの,農家の女性グループから派生したもの等,様々です。

 

しかし,今回はこうした史的系譜について述べるのではなく,今後の農産物直売所はどのような方向に進んで行くのかを,新潟県食品・流通課が実施した調査結果(インショップも含む)を基に,新潟県の事例から私見を述べさせていただきます。

 

新潟県においては,100年以上続く「市」や,農家の女性クループによる小さな直売所が多数存在しています。新潟県においても,1990年ころから現在のような農産物直売所が徐々に増え,2018年時点では609箇所に至っており,その年間販売額は2006年が約39億円であったのに対し,2018年には152億円にまで達しています。また述べ出荷者数では,2006年が10,023人であったのに対し,2,018年には20,432人に達しています。

 

こうした数値だけを見ると,右肩上がりのように思えるかもしれませんが,そこには若干の課題も見えてきます。たとえば,店舗数で見ると2008年頃から横這いを続け,2012年を境に若干ではありますが,下降傾向を示しています。こうした店舗数や年間販売額から見ると,店舗の大規模化が進んでいるといえるでしょう。

 

しかし,その一方で年間販売額が増加しているにも関わらず,1出荷者当たりの年間販売額は2006年が約1,923,800円あったのに対し,2018年には1,645,813円にまで減少しています。つまり,年間販売額(市場規模)が増加しているにも関わらず,1出荷者当たりの年間販売額は14.4%も減少しているのです。

 

農産物直売所の使命は,消費者に生産者の顔が見える安全・安心な農産物や農産物加工品の提供のみならず,「農家所得の増加を通じた農業振興」です。しかし,上述のように1出荷者当たりの年間販売額が減少しているということは,農産物直売所の役割が薄れてきているのではないか,言い換えれば分岐点に差し掛かっているといえるのではないでしょうか。

 

私はこうした原因については,大きく次の2つがあると考えています。まず1つは「農家の高齢化」の問題です。農業は続けながらも,体力的問題から次第に身体に負担の掛からない農作物へ転作し,次第に出荷量も減少していることがその一因でもあると考えています。もう1つは,店舗数が横這いから減少傾向を示しているのに対し,出荷者が増えたことにより,同じ農作物が同時期に大量に出荷されることで売れ残りが発生していることもその一因と考えています。つまり,供給が需要を上回っているということです。

 

では,農産物直売所の使命でもある「消費者に生産者の顔が見える安全・安心な農産物や農産物加工品を提供すること」と「農家所得を向上すること」にとって,如何なる対策が必要かということが課題となります。この点について,私見を述べさせていただくと,異論があるかもしれませんが,現在の新潟県では大規模な農産物直売所は,ほぼ飽和状態に近いのではないかと考えています。したがって,大規模ではなく,中小規模の農産物直売所を増やすことで,消費者にとっては,わざわざ遠くまで買い物に行くことなく,身近で「安全・安心な農産物や農産物加工品」を購入することができますし,農家にとっては「販路」が増えることにより,大規模な農産物直売所では出荷者の増加によって販売機会が失われていましたが,多くの店舗で販売が可能となることで,農業所得の向上にもつながります。つまり,販路を増やすことで,供給と需要の一致を図るということです。

 

ただし,これにも問題があります。たとえば,高齢の農家にとっては,複数の店舗へ商品を搬入・搬出することは非常に大きな負担となります。したがって,1つの店舗に商品を搬入すれば,他店にも配送できるような仕組みを作ることが,消費者に対してのみならず,農業振興にとっても極めて重要な課題といえるでしょう。日本の農業を“強い産業”とするために……。

 

今回は,新潟県食品・流通課の調査結果を基に私見を述べさせていただきましたが,まだまだ調査では浮彫になっていない課題も多くありますので,詳細については機会を改めて解説させていただきます。

 

最後に,本コラムを執筆するに際しては,新潟県食品・流通課(流通市場係)から農産物直売所に関する貴重なデータのご提供をいただきました。この場を借りて,深く感謝申し上げます。

 

【参考】農林水産省,『6次産業化総合調査報告』平成28年度版。新潟県食品・流通課『新潟県農産物直売所調査』。