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コラム_「キャッシュレス化の推進に関する私見」

株式会社アントレプレナーシップ研究所 代表取締役 原 憲一郎

 

最近,新聞等で「キャッシュレス化の推進」に関する記事を目にする機会が多くなりました。そもそも「キャッシュレス」とは,現金を使わずに決済を済ませることで,その主なものとしては,クレジットカード,電子マネー,デビットカード等が挙げられます。こうした「キャッシュレス化」が日本で推進される背景には,少子高齢化や人口減少に伴う労働者人口減少があります。

 

また,2018年5月23日付の読売新聞朝刊では,銀行などの民間金融機関がキャッシュレス化を進める理由として,最大の狙いはコストの削減であると述べられています。たとえば,全国には約20万台ある現金自動預け払い機(ATM)の維持費や,現金の輸送に伴う費用は,金融業界全体で年2兆円に及ぶそうです。

 

その一方で,2018年4月に経済産業省より公表された「キャッシュレス・ビジョン」によると,キャッシュレス化の最も進んでいる国は韓国で約90%,次いで中国が約60%で,アメリカでも約45%となっており,それらの国と比較し日本は約20%程度と低い値になっています。

 

たとえば,キャッシュレス化が最も進んでいる韓国では,1997年の東南アジア通貨危機の影響を受け,その打開策として実店舗等の脱税防止や消費活性化を目的に,政府主導によるクレジットカード利用促進策を実施した結果が,その一因として挙げられています。具体的な例を挙げると,年間クレジットカード利用額の20%の所得控除(上限30万円), 宝くじの権利付与,店舗でのクレジットカード取扱義務付け(年商240万円以上の店舗15が対象)等です。

 

また,中国では,現金の安全性(偽札問題),透明性(脱税問題),コスト(印刷・流通コスト)にかかる課題が存在していたこと。そして,1990年代まで決済システムやルールが統一されていなかったため,これらを刷新したことが,キャッシュレス実現の背景とされています。また,2000年以降のインターネットを活用した,従来型とは異なる新しい仕組みの誕生やキャッシュレスを可能とする消費者の生活に深く浸透した「生活アプリ」の誕生が,キャッシュレスを後押した要因として挙げられています。

 

さらには,銀聯が,中国国内の加盟店手数料を業種によって区分していることも大きな要因といえるでしょう。たとえば,業種区分としては,「不動産・自動車販売・卸売等」,「飲食店,百貨店,一般小売等」,「スーパー,光熱費,ガソリンスタンド,交通等」,「医療,教育,社会福祉,介護等」に分けられており,業種区分に応じた加盟店手数料は,社会インフラとしての役割を担う医療,教育,社会福祉,介護等では0%であり,その他の業種においても最高で0.55%に設定されているからです。

 

上述のように,キャッシュレス化を推進する目的や施策は国によって様々ですが,私の個人的見解から述べると,消費者の視点に立てば,日本においてもキャッシュレス化の推進には賛成です。なぜなら,常に現金を持つ必要もなく,さらに利用すればポイントが貯まるなどのメリットがあるからです。私自身,実際の買い物の半分以上はクレジットカードか電子マネーを使用しています。

 

では,なぜ日本では「キャッシュレス化」が普及しないのかという疑問も浮かびます。経済産業省の報告書では,盗難の少なさや,現金を落としても返ってくると言われる「治安の良さ」,きれいな紙幣と偽札の流通が少なく,「現金に対する高い信頼」,店舗等の「POS(レジ)の処理が高速かつ正確」であり店頭での現金取扱いの煩雑さが少ない,ATMの利便性が高く「現金の入手が容易」などが挙げられています。

 

しかし,実際にキャッシュレス支払を導入する側からすれば,一般的に支払手段で分かれる「支払端末」の導入にコストが発生すること。端末設置のスペースコストや回線引込の負担も発生すること。さらに運用・維持に関しては,現金支払では発生しないキャッシュレス支払手段利用にかかるコストが実店舗側に発生し,これらコストのうち,支払サービス事業者に支払う手数料は,当該事業者(イシュア)が消費者に付与するポイントやマイル原資の一部に見えるけれども,当該ポイントやマイルの恩恵を十分に受けられていないと感じる実店舗が存在すること。

 

さらには,現金支払では発生しない紙の売上票(利用控え)等を手交するためのオペレーション負担が発生することや,現金支払では即時に資金化できるけれども,一般的にクレジットカード支払では,資金化までに半月~1ヶ月程度のタイムラグが発生するなど,資金繰りに関することが挙げられています。

 

こうした状況を鑑み,国も様々な施策を検討し,2025年には40%のキャッシュレス化を目標に掲げています。この点について一言,私見を述べるとすれば,あまりにも目標値が低すぎるということです。報告書を作成した委員からも同様の意見が出されたようですが,たとえ40%の目標が達成できたとしても,キャッシュレス支払を導入した実店舗にはメリットが極めて少ないと感じるからです。単純に考えても,60%の消費者が現金支払をするということは,人件費の削減にとってあまり効果はなく,逆に導入・運用・維持に係る費用の方が高くついてしまいます。上記の委員の方も述べられておりましたが,少なくとも80%程度の目標を設定し,そのための施策を有効に展開することが何よりも重要なことと思います。

 

時代や環境の変化から見れば,キャッシュレス化は日本の経済的成長にとっても,極めて重要な課題であると思います。だからこそ,あえて高い目標を設定し,識者の英知を振り絞り,不退転の決意を持って,日本も韓国や欧米に負けないようなキャッシュレス化社会にならなければならないということが私の見解です。

 

尚,今回のコラムでは,他国の事例や日本における課題を中心に私見を述べさせていただきました。ただし,経済産業省の報告書では,さらに考えさせられる内容も多く記されておりますので,あらためてこうした点についても見解を述べさせていただきます。

 

 

【参考】読売新聞朝刊,2018年5月23日。経済産業省 商務・サービスグループ消費・流通政策課,「キャッシュレス・ビジョン」,2018年4月。