ここまで、本シリーズでは11回に渡り、日本の未来に必要となる「供給力」や「構造の壁」、そして、そこに生まれる「余白」、つまり「機会(チャンス)」について述べてきました。今回はこれまでの一括りとして、まとめについて述べたいと思います。
制度と現実のあいだに生まれる「余白」は、これまで見てきたように、前提が現実に追いつかなくなったときに現れる領域です。そこには、制度がまだ言語化していない現実が静かに積もり、次の前提の兆しが現れます。直近の4回(変わらない前提の隙間に見える未来をひらく余白)のコラムでは、その余白を手がかりに、社会の深層で進む変化を読み解いてきました。
しかし、ここまで「余白」という言葉を使って構造を語ってきましたが、現実はそんなに悠長ではありません。私は約35年、中小企業の経営に携わってきました。その経験から実感していることは、余白が“可能性の領域”として立ち上がる前に、避けては通れない現実として立ちはだかっているということです。日々の判断に追われ、資源も時間も限られ、何をどう変えればいいのか、その方法論すら見えないまま、事業を続けていかなければならない。その負担は、「構造」という言葉だけでは語りきれません。
中小企業の現場では、すでに「変化の兆し」や「前提とのズレ」も、実は見えていると感じています。つまり、これまでの「前提」が強く染みついているがゆえに、見えていないふりをしてしまう。厳しいようですが、それが現実と思えてなりません。
ただし、ここで立ち止まってしまえば、待っているのは「衰退」への一本道です。政治や行政が何かしてくれるのを待つ余裕はありません。他人の判断に未来を委ねている時間もありません。現実から目をそらさず、いま目の前にある課題に向き合うこと。つまり、「行動」が必要なのです。それも“今”です。
未来は、「行動を選んだ者」にしか開けません。余白を見て見ぬふりをすれば、前提のズレは見えなくなり、変化の兆しも消えてしまいます。しかし、ここまで説明してきた「余白」に積もる現実を丁寧に拾い上げ、束ねていけば、次の前提の輪郭が必ず立ち上がります。制度が追いついていないからこそ、そこにはまだ固定されていない可能性が残されています。
つまり、「余白」は突破口なのです。その領域(未来)は、動かなければ閉じてしまう領域としてとらえる必要があります。変化の“信号”は、いつも制度の外側から現れます。その信号を読み取り、束ね、前提そのものを組み替えることで、初めて選択肢が生まれます。
選択肢が生まれる社会とは、現場が動き、現場が試し、現場が未来の背骨をつくる社会です。制度が整うのを待つのではなく、制度の外側で動いた経験が、次の社会の方向を決めていきます。未来は、余白を読み取り、動いた者から開けていきます。そしてその最前線にいるのは、他でもない中小企業なのです。
今回で12回目を迎える本シリーズは、「なぜ日本は、いつの間にか貧しい国になってしまったのか」という素朴な違和感から始まりました。そうした違和感に対する探求は、国の土台である「供給力」の低下を見つめ直し、社会の深層に沈殿する「構造の壁」を解き明かす歩みでもありました。しかし、人口や産業の現実が大きく変化しているにもかかわらず、制度や社会の前提はかつてのまま止まっている。その「前提と現実のズレ」の間に生じる「余白」こそが、日々現場で判断を求められる経営者が、自社と自らの選択肢を切り拓いていくための手がかりになります。
本シリーズはここで一度区切りを迎えますが、変化の兆しを読み取り、現実の中で自ら選択し動いていくための探求は、ここからが本当の実践です。 次回からは、ひとつの切り口に固定することなく、社会で起きている具体的な出来事や、現場での試行錯誤、そしてこの時代の中で直面する「選択と歩み」というリアルな現実を通して、ともに考えていきたいと思います。