お知らせ

入会のご案内

コラム_「コストの考え方に関する私見」

株式会社アントレプレナーシップ研究所 代表取締役 原 憲一郎

 

今から30年以上も前の話しになりますが,私がはじめてアメリカへ留学をし,現地での生活において最も驚いた事のひとつに,銀行の「口座維持手数料」があります。口座維持手数料とは,預金が一定額以下であれば,銀行に手数料を支払わなければならないというものです。

 

日本で生まれ育った私の感覚では,銀行は利用者から預かったお金を融資や運用によって利益を得るのですから,銀行へ預ける金額がいくらであろうが,一定額を下回った場合に手数料を支払うということには理解どころか納得ができませんでした。しかし,アメリカで生活して行くためには銀行口座が必要であったため,仕方なしに銀行に口座を開設したという経験があります。

 

ところで,2018年2月7日付,日本経済新聞朝刊の『大機小機』というシリーズで「銀行のコストとは?」という見出しの記事が掲載されました。まずは,その内容を一部紹介させていただきます。日銀は2017年10月の「金融システムリポート」で,「わが国では,口座維持・管理にかかるサービスなど,相応にコストのかかる金融サービスを無料で提供している例が少なくない」との見解を示し,さらに2017年11月に「中曽宏副総裁がこの内容を引用した発言をして以来,銀行界は口座維持手数料の導入に向け一斉に動き出した」と紹介されています。

 

また,「わが国給与所得者の平均給与は年間422万円なのに対し,金融・保険業は,1.5倍の626万円。また,訪れた人を圧倒する豪奢(ごうしゃ)な造りの役員階は別のコスト項目,物件費に含まれる。これも利用者が負担するコストなのか?」との疑問を呈しています。

 

コストとは原価のことであり,銀行でいうならば,利用者に適正なサービスを提供するための費用,つまり利用者に提供する適正なサービスを維持するための費用がコストということになります。

 

さらに,記事の中では口座維持手数料は「貧者からの収奪」という性質を帯び,消費税のような逆累進性を持つ。アメリカではこのために銀行に口座を持てない人々も多いと述べられています。日銀の長引く低金利政策により,銀行界は資金利益収入の激減に見舞われているため,こうしたことが口座維持手数料導入の一因であるとも記されています。

 

しかし,ここでひとつの疑問が生まれます。日銀の低金利政策が口座維持手数料導入の一因であるならば,もしも日銀が低金利政策を転換し,高金利政策を採用した場合,口座維持手数料は廃止されるのか……という疑問です。この点について私の個人的見解を述べると,一旦,口座維持手数料が導入されれば恐らく廃止はされないと考えます。それは,銀行界がせっかく手に入れた収益源をみすみすと手放すようなことはしないと考えるからです。

 

私は,口座維持手数料の導入を否定するつもりはありません。なぜなら,銀行も営利企業である以上,利用者やステークホルダーのために利益を上げなければならず,さらに適正なサービスを提供するためにはコストも必要となるからです。ただし,今回の記事を読みながら強く感じたことは,そもそも口座維持手数料を導入する以前に,金融機関は「やるべきことをやってきたのか?」ということです。

 

以前のコラムでも述べましたが,金融機関の使命の一つは「地域経済の活性化」です。しかし,金融機関の中にはその使命を疎かにし,何らリスクを負うこともせず安全性の高いところに融資を集中させ,結果として自分で自分の首を絞めている金融機関が多いことも事実です。これでは地域経済の活性化とはほど遠く,口座維持手数料の導入が甘えの構造をより強固なものにしかねません。

 

少し話しが長くなりましたが,如何なる事業においても商品やサービスを提供する上でコストはかかります。しかし,問題はそのコストは「誰のためなのか」ということです。つまり,利用者に対して提供する商品やサービスの向上を図るためのコストなのか,或いは自らの保身のためのコストなのかということです。

 

もしも前者であるならば,利用者からの理解も比較的得易いと思います。しかし後者であれば利用者の理解を得るどころか,逆に利用者が離れてしまうことにもなりかねません。余程,その企業に絶対的な優位性が無い限り……。したがって,コストを考える場合には,それが利用者のためであるのか否かを真剣に考えるべきと考えます。単に保身のためではなく……。なぜなら,そのコストを最終的に負担することになるのは利用者なのですから。

 

 

【参考】日本経済新聞朝刊,2018年2月7日。